大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(ラ)531号 決定

第一、本件抗告の趣旨および理由は別紙のとおりである。

第二、当裁判所の判断

一、甲第一号証(特許登録原簿謄本)および甲第二号証(特許庁長官の証明書)によると、抗告人は昭和三二年一二月四日の出願にかかり、昭和三五年七月二六日の出願公告を経て、昭和三六年三月二七日に登録された特許第二七三、〇二〇号発明の名称「美術印刷物製造法」(以下本件特許発明という。)の特許権者であること、および本件特許発明の特許請求の範囲(以下本件特許請求の範囲という。)は、「本文に詳記したように原紙の上面に塩化ビニール等の合成樹脂液を塗着してその原紙の組織部内まで浸透させてその原紙の表面にその組織部内に浸透した合成樹脂の層と連続させ一体的に原紙の表面に皮膜を形成する第一工程とこれを赤外線に当てて乾燥させる第二工程と別に前記合成樹脂と同一資料の皮膜に数多の排気細孔を穿設する第三工程とこれを前記合成樹脂の皮膜上に当てる第四工程とその両者皮膜を加熱しつつ加圧して融着することによつて前記排気細孔から皮膜間の空気を排除すると共にその排気孔を閉塞した後冷却する第五工程との各工程の結合を特徴とする美術印刷物製造法。」であることが一応認められる。

二、次に前記甲第二号証によると、本件特許発明の要部は前記第一工程から第五工程までの各工程を結合したことにあること、本件特許発明は右の方法により優雅で堅牢な合成樹脂皮膜で被覆した加工紙を、すこぶる高能率に製造でき、またその加工紙面にしわを生ずることのない美術印刷物を経済的に得る、という作用効果をあげることを目的とするものであることが、一応認められ、これらの事実によれば、本件特許発明は、第一工程から第五工程までの各工程の結合による発明であると認められるから、相手方の美術印刷物の製造方法が、第一工程から第五工程までのすべての工程を経るものでない限り、いいかえれば各工程のうち一工程でも欠くときは本件特許発明の技術的範囲に属しないものといわなければならないことは、原決定説示のとおりである。

三、しかしながら、原決定は、前記甲第二号証の発明の詳細なる説明欄の「塩化ビニール等の合成樹脂皮膜に数多の排気細孔を穿設したからこれを前記皮膜層と加熱加圧して融着するに当り両皮膜間に残留する空気をその排気細孔から容易に排除して合成樹脂皮膜を迅速かつ適確に一体的に均密に接着してしわを生ずることがなく融着でき(第三工程)」るとの記載並びに甲第二号証の第四図及び第五図によると、本件特許請求の範囲の「塩化ビニール等の合成樹脂と同一資料の皮膜に数多の排気細孔を穿設する。」との記載は、「塩化ビニール等の合成樹脂と同一資料の皮膜に、数多の排気細孔を、平均に穿設する。」との意味に解されると説示しているところ、甲第二号証の第四図および第五図には、合成樹脂皮膜の全体にわたり同一の距離および間隔を保つて穿設された多数の排気細孔が図示されているから、原決定のいう「平均に」とは、穿設された排気細孔が合成樹脂皮膜のいかなる部分においてもその数、距離および間隔において相均しいことを意味しているものと解されるが、本件特許発明はその特許請求の範囲にはもちろん発明の詳細なる説明欄にも、第三工程につき「数多の細孔を平均に穿設する」との限定的記載のないことは前記甲第二号証により明かであり、かつ本件特許発明の第三工程の排気細孔は、数多く穿設すれば、その数および距離、間隔において部分的に多少相違し平均を欠いても、合成樹脂皮膜を原紙表面の皮膜と加熱加圧して融着するに当り、両皮膜間に残留する空気はその排気細孔から容易に排除され、合成樹脂皮膜を迅速かつ適確に一体的に均密に接着してしわを生ずることがなく融着するとの同工程の目的とする効果を達成するに妨げないものと考えられるから、右の細孔がいわゆる平均に穿設されることは本件特許発明の構成必須要件に属せず、前記甲第二号証の第四図および第五図は一実施例を示すに過ぎないものと解するのが相当である。

したがつて、相手方が使用している塩化ビニール等の合成樹脂皮膜に数多くの細孔を穿設していることが一応認められるならば、たとえ数多の細孔を平均に穿設したものを使用していると推認するに足りる疎明がないとしても、それだけでは相手方の美術印刷物の製造方法が本件特許発明の技術的範囲に属しないものと即断することはできない。

四、そうすると、原決定が相手方において塩化ビニール等の合成樹脂皮膜に、数多の細孔を平均に穿設したものを使用していると推認するに足りる疎明がないことを理由として、相手方の美術印刷物の製造方法が本件特許発明の技術的範囲に属しないものと判断し、その余の点につき判断することなく本件仮処分申請を却下したのは、特許法第七〇条の規定に違背して本件特許発明の技術的範囲を定めた違法があるものというべきであるからこれを取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻すべきものとする。

〔編註その一〕 本件における抗告の趣旨および理由は左のとおりである。

(1) 抗告の趣旨

原決定を取消す。

相手方は目録記載の方法を使用してはならない。

相手方は前項の方法により生産したレコード用ジヤケツトを販売してはならない。

目録記載の方法により生産した美術印刷物(前項のレコード用ジヤケツトを含む。)の製品及び半製品に対する相手方の占有を解いて抗告人の委任する東京地方裁判所執行吏に、その保管を命ずる。

右執行吏は前項の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。

訴訟費用は相手方の負担とする。

との御裁判を求めます。

(2) 抗告の理由

一、抗告人である債権者は相手方に対し特許権侵害仮処分を申請しこの事件の争点は抗告人の特許第二七三〇二〇号発明の名称美術印刷物製造法(以下本件特許発明という。)の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の一工程である「塩化ビニール等の合成樹脂と同一資料の皮膜に数多の排気細孔を穿設する」第三工程をその他の工程と結合した方法で美術印刷物を製造しているか否かにあつた。

二、そして相手方はいずれも前記第三工程に記載したように排気細孔を穿設した合成樹脂膜を使用した事実を否認したので抗告人は原審において甲第三号証、甲第五号証、甲第八号証及び甲第十号証を提出しこれによつて相手方が使用しているといわれる塩化ビニール等の合成樹脂皮膜に数多くの細孔があることを疏明したところ原決定もこれを認めた。

三、然るに原決定は本件特許請求の範囲の「塩化ビニール等の合成樹脂と同一資料の皮膜に数多の排気細孔を穿設する」との記載は甲第二号証(特許庁長官の証明書)の発明の詳細なる説明欄の「塩化ビニール等の合成樹脂皮膜に数多の排気細孔を穿設したからこれを前記皮膜層と加熱加圧して融着するに当り両皮膜間に残留する空気をその排気細孔から容易に排除して合成樹脂皮膜を迅速かつ適確に一体的に均密に接着してしわを生ずることがなく融着でき(第三工程)」るとの記載、並びに甲第二号証の第四図及び第五図による本件特許請求の範囲「塩化ビニール等の合成樹脂と同一資料の皮膜に数多の排気細孔を穿設する」との記載は「塩化ビニール等の合成樹脂と同一資料の皮膜に数多の排気細孔を平均に穿設する」との意味に解すべきである。従つて甲第三号証、甲第五号証、甲第八号証及び甲第十号証によると債務者が使用しているといわれる塩化ビニール等の合成樹脂皮膜に数多くの細孔のあることは一応認められるけれども、これらの疏明によつては、右合成樹脂皮膜における細孔はその分布状態からみて「数多の細孔を平均に穿設した」ものとは認められないし、他に相手方が塩化ビニール等の合成樹脂皮膜に数多の細孔を平均に穿設したものを使用していると推認するに足りる疏明はない。したがつて相手方の美術印刷物の製造方法は本件特許発明の技術的範囲に属しないものであると認定し抗告人の仮処分申請をいずれも却下したものである。

四、然し乍ら抗告人の有する本件特許発明はその特許請求の範囲には勿論、発明の詳細なる説明欄にも第三工程を「数多の細孔を平均に穿設する」との限定的な記載は全然していないし、又本件特許発明の第三工程は「皮膜層と加熱加圧して融着するに当り両皮膜間に残留する空気をその排気細孔から容易に排除して合成樹脂皮膜を迅速かつ適確に一体的に均密に接着してしわを生ずることがなく融着でき」る作用効果をあげることができるのであり排気細孔を平均に穿設する旨解釈した原決定は特許法第七十条に規定する「特許請求の技術的範囲は願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない」との規定を無視した独断的な解釈と謂うべきであり失当である。

五、以上のように本件特許発明第三工程の排気細孔は平均的に穿設しなければ目的を達成できないものではなく如何なる配列に穿設されてもその排気細孔の作用は殆んど同一であつて、従つて相手方の使用している美術印刷物の製造方法は本件特許発明の要部をすべて備えてありその作用効果も本件特許発明の作用効果と同一であるから相手方の美術印刷物製造方法は抗告人の有する本件特許発明の技術的範囲に属することは幾多の判例、殊に「工業的発明とは自然法則を利用して一定の文化目的を達する独創的技術的考案である」とした最高裁判所昭和二十五年(オ)第八〇号同二十八年四月三十日の判決、東京高等裁判所昭和二十六年行(ナ)第十二号同年十二月十四日の判決「方法に多少の差異があつても作用効果に大差ない発明は相均しい発明であるとした大審院昭和三年(オ)第一三六〇号同四年六月三十日の第四民事部判決及び同趣旨の大審院昭和五年(オ)第五三六号同年十二月十二日判決、更に「両発明の方法がその実施の各場合に於いて生じ得べき程度の差異に過ぎないものは同一の権利範囲に属する」とした大審院昭和四年(オ)第一二二二号同五年二月八日判決に徴し明らかである。

六、原決定が「排気細孔を平均に穿設する」との意味に解したのは、甲第二号証の第四図及び第五図の図面によつたのであるが明細書に添附された図面は一実施例を示すものに過ぎないのであつて、これを基として前記の如き意味に解することは特許法第七十条の規定並びに前記幾多の判例を無視した違法且つ不当な解釈であり抗告人の本件仮処分申請を却下した原審の決定は失当である。

よつて抗告の趣旨記載のとおりの裁判を求めるため本抗告をなす次第である。

〔編註その二〕 本件に関する目録は左のとおりである。

原紙の上面に塩化ビニール等の合成樹脂液を塗着して、その原紙の組織内部までに浸透させて、その原紙の表面に、その組織部内に浸透した合成樹脂の層と連続させ、一体的に原紙の表面に皮膜を形成する第一工程と、これを赤外線に当てて乾燥させる第二工程と、別に、前記合成樹脂と同一資料の皮膜に、数多の排気細孔を穿設する第三工程と、これを前記合成樹脂の皮膜上に当てる第四工程と、その両者皮膜を加熱しつつ加圧して融着することによつて、前記排気細孔から皮膜間の空気を排除すると共に、その排気細孔を閉塞した後、冷却する第五工程との各工程を結合した美術印刷物製造法。

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